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初代天守(豊臣大坂城)

豊臣大坂城のものと見られている平面図「本丸図」では、山里曲輪とを隔てる本丸の詰の石垣沿い、本丸の北東隅に描かれている。天守台いっぱいには建てられず、若松城天守のように余地を残して天守曲輪を持っていたと考えられている。天守は、複合式若しくは連結式望楼型5重6階地下2階であったと考えられており、外観は..
update:2009年08月23日
【ことわざ教室】
しゃべる者は半人足